写像1021〜1030

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「うん」
駅のロッカーから荷物を取り出すと、愛子は骨壺を抱え、賢はトラベルバッグを手にして市内循環バスに乗った。ふたりは並んで座り、宿にチェックインした後、東大寺に行くことを話し合った。奈良公園の奥の大仏殿春日大社前で降り、奈良小道旅館に着いた。この時期に、麻子と共に来たこの旅館に空き室があったことに、ふたりとも驚きを超えて、見えない存在の意志への畏怖の念を覚えた。賢は宿帳に愛子を長女と書き込んだ。愛子がホテルに泊まるのは小学校の修学旅行以来2度目のことだ。修学旅行では先生が全てお膳立てしてくれたので、ホテルではただ自分たちの部屋に入ればよかった。賢と共にチェックインの手続きをすることがとても新鮮に感じられた。賢が宿帳に記入しているとき、愛子は宿の受付の周りをきょろきょろと見廻していた。骨壺を抱きかかえている胸が高鳴った。チェックインが済んで案内された部屋は、麻子と泊まった部屋だった。賢は自分の意識がこの場面を再び作り出していることを確信した。愛子は部屋に入ると、まず麻子の骨壺を床の間にそっと安置した。そして、小走りで窓に近づき、外を覗き込んだ。暫く外を眺めてから、今度は部屋の中をあちこち歩き廻った。洗面所の奥の浴室を開けてみて、愛子は大きい声で言った。
「賢パパ、凄いわよ。こんなに大きなお風呂がお部屋毎にあるのかしら。前の家のお風呂より大きいわ」
「愛子、この旅館もこの部屋も、お母さんと一緒に来た場所だよ。こんなに素晴らしい旅館なのに、この旅館しか空いてなかった。そして、この部屋しか空いてなかった。全てこの前の通りだ」
「うん、賢パパ、きっとお母さんがわたしたちの中にいて、案内しているのよ」
賢は、それはあり得ないことだと思ったが、麻子の想いは否定できなかった。賢は愛子にテーブルの所に来るように促し、茶を入れて愛子と自分の前に置いた。盆の中には茶菓子が用意されていた。愛子は正座して座ると、茶菓子を食べ、茶を口に含んで微笑んだ。その時ノックの音がして、仲居が入って来た。その仲居は麻子と泊まった時に初めに挨拶に来た仲居だった。
「ようこそおいでくださいました。仲居の佐川と申します。いつもご利用頂き、ありがとうございます。お客様は既にご存じのことと思いますが、一応お部屋の説明をさせて頂きます。入り口の左手が洗面所と浴室になっております。大浴場はフロントでご説明させていただいたと思いますが・・・・」
「はい、伺いました」
「それでは、大浴場については省かせていただきます。お部屋のお風呂は、お湯がいつでもお使い頂けるようになっています。ここがクローゼット、そしてこちらが浴衣と丹前でございます。ご主人様、浴衣のサイズは大でよろしかったですね。お嬢様は中でよろしいと思います。お食事は7時でございますね。お食事が終わりましたら、電話でフロントにご連絡くださいませ。取り急ぎ片付けさせて頂き、床を延べさせて頂きます。非常口は廊下を出て右に真っ直ぐ行った突き当たりにございます。何かご不明な点、ご要望等ございましたら、フロントまでご連絡くださいませ。今日は年の瀬ですから、いろいろな催しがございます。お寺や、神社はこの暮れからお正月に掛けて提灯や照明が灯って、大勢の人で賑わうんですよ。初詣はどちらにお出でですか?」
「今から一寸東大寺に行って来ようと思っています。そして一旦戻って、初詣は・・・愛子、春日大社はどうかな?」
愛子が応えに躊躇しているのを見て仲居が言った。
「もう4時を廻っていますから、大仏さんはご覧になれないかも知れませんが、初詣でしたら春日さんはとっても素敵ですよ。登楼に火が灯って、素晴らしい雰囲気です。是非いらしたらよろしいかと思います」
「そうですか。じゃ、そうします。いいな、愛子?」
愛子は黙って頷いた。
「この前は、とっても素敵な奥様とご一緒でいらっしゃいましたが」
「ええ、でもあれはつい3日前に亡くなりました」
愛子が視線を骨壺に移すと、それを覚った仲居が言った。
「そうとも存じませず、大変な無礼を口にいたし、申し訳ありませんでした」
「いいえ、わたくしたちのことを覚えていてくださって感謝致します。わたくしたちは和歌山から来たのですが、この旅行の後、この娘(こ)を連れて東京に移り、そこに住むつもりです。この旅行はこの娘と、亡くなった母親との最後の思い出の旅行なのです」
「どうか、皆様ご一緒にこちらで心ゆくまでお寛ぎ頂きたいと存じます。それではわたしは失礼致します」
仲居は目を潤ませて深々と頭を下げ、その場を立ち去った。少ししてふたりは長谷寺に行ったときと同じ出で立ちで旅館を出た。東大寺までは10分ほどだった。時刻は4時半を回っていて、既に大仏の拝観はできなかった。愛子が二月堂を見たいと言うので、賢は愛子を伴って、大仏殿を左手に見ながら二月堂まで石段を登った。大仏殿は眼下に広がる赤紫色の夕日の中にどっしりと腰を下ろしている。ここで行われる火の行の炎を空に映したかのように、西の空が染まっている。愛子はスカートのポケットからハンカチを出して目頭を押さえた。
「とってもきれい。お母さんに、この夕日を見せてあげたい」
愛子は布袋からティッシュに包んだ麻子の写真を取り出して、麻子の顔を夕日に向けた。
「お母さんも見ているよ。一緒にいるんだから」
「うん、でも・・・・・こうしたいの。ねえ、賢パパ、二月堂は3月にお水取りという行事をやるのよ」
「そうか、3月にな。寒いだろうな」
「火を焚くらしいけど、とても凄いみたいよ。江戸時代だけど、その火の粉で火事になったこともあるらしいよ」
「なぜ、そんなことするのかな。本当は宗教的な意味があるのかも知れないけど、本当の目的を知っている人はほとんどいないんじゃないかな。何でもそうだよ」
「賢パパ、わたし、中学校で東大寺のこと教わったとき、市の図書館に行って二月堂のことを調べたことがあるの。3月のお水取りは十一面観世音菩薩様に関係があるみたい。昨日長谷寺で見たのも十一面観世音菩薩像だったでしょう。あのね、むかし、実忠という人が京都で修行をしていたときに洞窟を見付けて、その中を進んでゆくと不思議な光の世界に入って行ったんだって。そこで大勢の菩薩様がとてもゆっくりしたテンポで修行をしていて、菩薩様達を導いている観世音菩薩様を見たんだって。その光の世界で菩薩様達がしていた修行を何とかこの世界でもやりたいと思ったらしいの。この世界に戻って、大阪の海岸に出たときに十一面観世音菩薩の小像が流れて来たんだって。それを祀る為に二月堂を建てて、光の世界で菩薩様達のやっていた修行を二月堂でやるようになったんだって。火事でお堂が焼け落ちた時も、十一面観世音菩薩様の小像は焼けずに残ったんだって。火と水を使うのよ。その光の世界の1日がこちらの世界の400年になるんだって、それを思い切り縮めて修行しているのがこの行事で、この行の中で懺悔をして、日本中の人の罪や汚れを清めるんだって」
愛子は言葉の最後の語尾を上げて話す。賢は愛子への愛おしさを一入強く感じた。
「愛子、詳しいね」
「わたし、修学旅行がたった一つの旅行だったから、奈良のことを次から次に調べたの。だから知っているの」
長谷寺ではあんなに無口だった愛子がよくしゃべるので、賢は嬉しくなった。
「長谷寺の十一面観世音菩薩様のことも何か知っているのか?」
「うん、少し。だけど、あの時は、何故か分からないけど、そんな記憶はみんな頭から消えてしまっていたの」
「そうか・・・・愛子、お前も体験しているから少しは分かるかも知れないけど、お通夜の時にも言ったように、この世界は見える世界と見えない世界からできているんだ。その両方の世界とも、実は本当の世界じゃないんだけどね。そこで考えたり、体験したりできる劇場の様な場所なんだ。自分の意識で思う通りに演技できる世界なんだよ。本当の世界は身も心もこれ以上ないほど清められたときにしか知ることができないんだよ。少しでも何かに心が動くようだと、本当の世界は見えなくなってしまうんだ。さっきの実忠の観た世界は多分、見えない方の世界で、修行していたのは本当の世界に向かう修行なんだと思うよ」
「賢パパ、わたしが失踪したとき、行っていた世界も見えない世界なのかな」
「そう、その入り口辺りかな」
「わたし、分からない。だけど、賢パパ、これからずっと一緒にいてくれるでしょう。いっぱい教えてね」
「勿論だ。東京に行ったら、少しずつ教えるよ。見えない世界に渡るときに使う火と水の意味もね。日本語のカミというのは火と水の意味だよ」
「ふーん」
ふたりは二月堂を見つめて、じっと佇んでいた。辺りが暗くなってきたので、賢が愛子を促して、石段を降り、宿に戻った。蕎麦屋の前を通ると、灯りが溢れ出ていて、年越し蕎麦を求めて何人もの人たちが出入りしている。旅館に戻るとエントランスで案内係の男性が「お帰りなさいませ」と言ってふたりを迎えてくれた。愛子は嬉しくて胸がときめいた。部屋に戻ると、既に夕食の準備が調っていた。ふたりが洗面所で手を洗って席に着くや否や、仲居が姿を現した。
「東大寺さん、如何でしたか?」
「やはり、間に合いませんでした。でも、二月堂から見える大仏殿が美しくて。見惚れてしまいました」
「そうなんですよ。あそこは夕方がとても綺麗なので、わたしも大好きです。身体が冷えて仕舞われたことでしょう。今夜は鍋料理を用意させて頂きました。それに、年越しのお蕎麦もございます。お飲み物はどう致しましょうか?」
「愛子、何か飲みたいものはあるか?」
「お茶がいい」
「では、お茶をお願いします」
「承知致しました。お茶はこちらにございます」
仲居はそう言いながら盆の上の急須にポットの湯を注ぎ、2つの湯飲みに茶を注いでふたりの前に出した。
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりになってくださいませ。お食事がお済みになりましたら、フロントまでお電話を頂けますか?」
仲居が出て行くと愛子は麻子に茶を供えようと思って、骨壺に視線を移した。骨壺の前には既に小膳が置かれていて、茶と蕎麦を盛った碗が供えられていた。愛子の目から一筋涙がこぼれ落ちた。
「この旅館のひとたち、みんな優しいひとたち。お母さんにもちゃんとお食事を用意してくれた」
ふたりは骨壺の前に跪いて両手を合わせ、瞑目した。食事はこの前泊まったときとあまり違わないものだった。一旦席に着いた後、愛子は自分の刺身皿を持って骨壺の所に戻り、小膳に供えた。賢は箸を手にして、自分の刺身皿を取って愛子の前に置いた。愛子は賢の顔を見て微笑んだ。
「賢パパ、ありがとう。このマグロおいしそう。おかあさん、喜ぶわ」
ふたりは奈良の寺院の話や仏像の話をしながら食事を摂った。食事が済むと、仲居が食卓を片付けに来た。愛子は仲居に礼を言い、麻子の骨壺の前に供えたものも小膳を残し片付けてもらった。そして、新たに湯飲みに茶を注ぎ供えた。片付けが終わった後、仲居は床を延べに来た。ふたりの床は1メートルほど離して敷かれた。仲居が挨拶をして立ち去ると、愛子は入り口側の布団を押して窓側の布団にくっつけた。賢はそれを見て、淋しいんだと思い、ふと哀れさを覚えた。ふたりは大浴場に出掛けることにした。愛子はクローゼットの前に行くと賢の目も気にせずに直ぐに衣類を脱いで下着1枚になり、浴衣を身に付けて賢に話し掛けた。
「賢パパ、この浴衣少し大き過ぎないかな」
確かに愛子は小柄だったので、ややだぶついた感じに見えた。しかし賢はそれを言わずに愛子を安心させようとした。
「浴衣だから、少しくらい大きくても大丈夫だよ。浴衣は更衣室で脱いで、篭に入れればいいよ。もし眼鏡が心配だったら、ロッカーに入れてもいいし。大浴場は、銭湯と同じようなもんだから心配ないよ」
愛子が安心したようなので、賢も直ぐに浴衣に着替えた。ふたりはエレベータで階下に降り、大浴場の前で30分後に待ち合わせる約束をして浴室に入った。愛子にとっては、はじめて一人で経験する大浴場だった。小学校の修学旅行で、クラス単位に入った大浴場は、大賑わいの中で自分の居場所を見付けるのがやっとだった。湯船に浸かったことすらはっきり思い出すことができなかった。更衣室には3人の中年の女性が脱衣していた。愛子は浴衣と下着を脱いで、それをきちんと畳み籠の中に収めると、タオルを手にして恐る恐る大浴場の入り口の引き戸を引いた。浴室の中には若い女性が3人と、先ほどの中年の女性が3人居て、若い女性たちが湯船に浸かって談笑していた。湯船は一つだけで、それほど大きくはなかったが、愛子にはとてつもなく大きく感じられた。愛子は恐る恐る洗い場に席を確保すると、身体に湯を浴びてから、空いている方の端から湯船に入った。賢はいつものようにこの日の省察を行った。愛子が少しずつ元気を取り戻してきているのに安心感を抱いた。賢は20分ほどして男湯から廊下に出た。そこは休憩所になっていて、ソファが置かれている。賢はそこに腰掛けて愛子を待った。5分ほどして、愛子が現れた。その姿を見て賢はドキッとした。眼鏡を外した浴衣姿の愛子はあまりにも麻子に似ていた。今日一日一緒にいてもそんな風には思えなかったが、体つきといい、姿勢といい、まるで麻子だった。賢に向けてにっこり笑った顔に麻子とは違った無邪気さを見付けて、賢は胸を撫で下ろした。
「賢パパ、お待たせ。髪も洗っちゃった」
「眼鏡はどうした?」
「この中よ」
愛子は畳んだタオルを持ち上げて見せた。
「賢パパ、やっぱりこの浴衣、少し大きいわ」
「そうかな。愛子、大き目の方が大人のようで、色気があるけどな」
「いやね、賢パパったら。お母さんに言いつけちゃうから」
ふたりは顔を見合わせて笑った。部屋に戻ると、愛子は洗面所に行き、暫く鏡の前で、髪を撫でたり、浴衣をいじったりしていたが、やがて戻って来て布団の上に座った。
「今日は大晦日。今、10時半。あと1時間半で新しい年よ、賢パパ」
「そうだな。来年からは愛子とは親子だな」
賢は窓際の籐椅子に腰掛けながら携帯の電源を入れた。何通もの留守電が登録されていた。祐子、亜希子、早瀬由美、数馬、野岸孝子、ゆき、藤代肇、そして和歌山警察署から、全部で13通の留守電がある。賢は順に聞いていった。先ず祐子からの留守電を聞いた。全部で5回登録されていた。
「あなた、原智明さんが着いたわ。あなたの部屋にお通ししたわ。暫くはわたしと亜希子さんが交代でお食事や、お洗濯のお世話をすることにしたわ。また、電話するわね。あなた愛してる」
「あなた、電源切っているでしょう。早く電源を入れて欲しいわ。何かあったの?わたし、気が気じゃないわ。原さんは元気よ、彼もあなたからの連絡を待っているわ。早く電源を入れてね」
「あなた、祐子よ、今どこにいるの、今日数馬君から連絡があったの、あなたの所に電話があると思うわ。わたし、困っちゃう。何とか電源を入れてね」
「あなた、わたしよ。今日テレビで麻子さんが殺されたことを知ったわ。あなた、関係しているのね。わたし、どうしていいか分からない。下手に警察に問い合わせなんてできないし。わたしどうしたらいいのかしら。早く電源を入れて」
最後の電話は泣き声が混じったものだった。
「あなた、今年も終わるわ、どこにいるの、元気でいるの?おねがい、返事をして。わたし、あなたがいなくなったら死んじゃう」
賢は直ぐに祐子に電話を入れた。
「あなたね、どこにいるの?大丈夫?」
「もしもし、祐子ごめん。麻子さんが亡くなったんだ。詳しいことは帰ってから話すけど、今、娘さんの愛子さんと一緒なんだ」
「それは大変ね。今、どこにいるの?」
「奈良の旅館だ。愛子さんに俺の娘として生きてもらうことに決めたんだ。詳しいことは帰ったら話すよ」
「いつ戻って来れるの?」
「移転の手続きなんかがあるから、4日か5日になるよ」
「今年はあなたとふたりで年を越したかったわ」
「ごめん、来年はいい年になるよ」
「そうね、きっとそうね。早く帰って来て。あなたを愛しているの。わたし寂しい」
「もう少し我慢してくれよ」
「分かったわ。身体に気を付けてね」
「おまえもな」
賢は続けて亜希子からの留守電を聞いた。
「あなた、どちらにいらっしゃいますか?電話をくださいませんか?お待ちしています」
「賢さん、わたくし、祐子お姉様と交代で原智明さんのお食事などのお世話をさせて頂いています。原さんは凄い洞察力をお持ちの方です。あのかたのお話しを伺っていると、あなたと一緒にいるような錯覚を覚えますわ。早く帰って来てください。あなたに意識を向けようとしても、どこかで遮断されるような感覚を覚えます。どうなさったのかとっても心配です」
賢は亜希子に電話を入れた。
「賢さん、あなたなのですね・・・・・」
亜希子が泣き出したのが分かった。
「ごめん、亜希子、元気にしているか?」
「とっても心配だったの。どうされていますか?お体は大丈夫ですか?テレビで麻子さんがお亡くなりになったことを知りました。あなたの意識を追いましたが、どうしてもあなたに届かなくて・・・・」
「ごめん、4日か5日にそっちに戻るから、その時にいろいろ説明するよ。元気でいろよ」
「あなたがいらっしゃらない東京は、砂漠です。少しでも早く帰っていらっしてください」
「兎に角、いろいろ心配を掛けて済まなかった。いい年を迎えてくれよ」
「あなたも」
次ぎに早瀬由美に電話を入れた。
「賢さんなのね。やっと話ができるわ。わたしとても悲しいわ。あなたがチャンネルを切ってしまっているんだもの。何か事情があったのね。わたしは5000年も待ったから、待つのは何でもないけど、チャンネルは切らないで。お願いだから」
「分かった。これからは意識をコントロールするようなことはしないよ。俺もまずいとは思っていたんだが、どうしてもそうせざるを得なかった。特に君に完全に見通されていると思うと、遮断せざるを得なかった。ごめん」
「いいのよ。でもあなたの意識に繋がるのはそんなに簡単でないってことがよく分かったわ。わたしも、あなたの意識でこの世界を見ようとするようなことは止めるわ。だから、お願い、チャンネルは切らないで。とっても寂しいわ」
「分かった。もうしない。まだ、俺はそれほど強くなっていないから、今回は止むを得なかった。今の俺の意識には岩があって流れの中に淀みを作ってしまう危険性があるから・・・・5日頃までには戻るから、そしたら、一度会おう」
「一度じゃ駄目。わたし、もう、いつもあなたに着いているわ」
「兎に角、いい年を迎えられるように祈っているよ」
「あなたも。くどいようだけどチャンネルだけは解放しておいてね」
続けて野岸孝子に電話を掛けた。
「もしもし、野岸孝子さんのお宅ですか?賢ですが」
「もしもし、賢さん。済みません、お電話を差し上げたのは他でもありません。今年わたし達を救ってくださった方に1年の締めくくりの日に一言お礼を申し上げたくて。本当にありがとうございました」
「とんでもありません。皆さんお元気ですか?ゆきさんや太郎君、信次君も元気ですか?それにご主人は?」
「おかげさまで、みんな元気です。ゆきがもう一度あなたにお会いしたいって言うんですよ」
電話の向こうで、ゆきが野岸孝子を制する声がしていた。

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