写像1061〜1070

←前ページに戻る

←全ページガイドに戻る
次ページへ→

「俺は今日、和歌山から戻ったばかりで仲間と一緒なんだ」
「分かっているわ。それじゃ残念だけど、明日ね。必ず連絡してね」
「分かった」
電話を切ってスツールの席に戻ると、祐子が言った。
「どなたから?」
「早瀬由美さんからだ。明日、会うことにした」
「あなた、今いらして頂いたらどうかしら。わたし一度由美さんに会ってみたいわ」
賢が明日ふたりきりで由美に会うことに反発を覚えて祐子がそう言うと、亜希子もすぐに言った。
「わたくしも一度お会いしたいわ。いろいろお伺いしたいことがあります」
原智明が言った。
「早瀬由美さんは、5000年前からのすべての過去世の記憶を持っていると聞きました。僕も、一度お会いして、話をしてみたいと思います」
「わかりました。皆、由美さんに会ってみたいんだね。愛子、お客さんが来るけど、大丈夫か?」
愛子は黙って頷いた。賢は携帯電話をテーブルの上に置くと、席に戻らずに、そのまま寝室に入って行った。全員が賢の行動にしっくりしないものを感じた。それは賢が携帯電話を置いて寝室に入った為でもあった。しかし、だれもそのことを口にすることなく、急に無口になり、それぞれにピザをとったり、水を口にしたりした。愛子は賢の入って行った寝室の方に体を向けて、寝室のドアを見つめた。5分ほどして、ドアが開いて賢がにこにこしながら出て来た。
「今日早瀬由美さんをみんなに紹介するよ。一度顔を合わせておいた方がいいかもしれない。みんな由美さんに会いたいようだからな。後でちょっと迎えに行って来るよ」
祐子が言った。
「あなた、ここの場所を伝えて、来ていただいた方が早いんじゃない?」
「もう伝えたよ。すぐ家を出るって言っていた。だけど、初めてのところだから、由美さんも不安だろう。後でちょっと、駅まで迎えに行って来るよ」
「えっ、どうやって由美さんに連絡したの?」
祐子が不思議そうに聞いた?
「ああ、彼女が帰還できた時、彼女とはテレパシーで話ができるようになったんだ。ちょっと君たちとも試してみたいな。少しトライしてみようか?」
原智明が笑顔を見せて言った。
「それはすごいな。まず、僕とやってみませんか?僕は失踪していた時、向こうの世界でそこに生きている人たちがテレバシーで話しているのを見たんですが、自分にはできませんでした」
「そうおっしゃっていましたね。じゃ、順番にやってみましょう。いいですか、全員僕の方向に意識を向けて、思考を止めて受動状態になってください。聞こうと意識しないで、自然に聞こえてくる声を捉えてください。あるいは声ではなくて、イメージかもしれませんが・・・・今から話し掛けますから僕が何て言ったか答えてみてください」
賢は原、祐子、亜希子、愛子に向けて、「僕の母の名前はエリザベスです」と一人一人に順番に同じメッセージを送ってみた。一人に対して3回ずつ送った。
「だれか、僕のメッセージをキャッチできたかな?」
誰も返事をしなかった。少しして、愛子がぽつりと小さい声で言った。
「ぼくの母の名前はエリザ?」
「近いな、愛子、あとは誰も分からなかった?」
みんな首を振った。
「「僕の母の名前はエリザベスです」って言ったんだ。みんなにそれぞれ3度ずつ送ったんだけどね。よし、今度はみんなから順番に僕にメッセージを送ってみてくれないか?瞑想状態に入って、心の中で僕に話し掛けてみて。できるだけ僕の知らないような話をして。まず、原さんからどうぞ」
原が目を瞑った。賢は意識を受動状態にした。原の声が聞こえてきた。原は「明日、不動産屋に行ってアパートを探します」と言っていた。賢は声を出して答えた。
「そんなに急がなくても暫くの間、ここに住んだらどうですか?」
祐子と亜希子が驚いたような顔をした。祐子が言った。
「すごい。原さんの話わかったの?」
「うん。原さん、「あした、不動産屋に行ってアパートを探す」って言ったでしょう」
「ええ、その通りです!」
原は明らかに興奮している。次に祐子からの声を聞き取ろうとしたが、駄目だった。亜希子と愛子からの声はキャッチできた。賢は一番聞き取りたかった祐子の声を聞き取れなかったので、もう一度試してみた、しかし、どうしても祐子の声だけは聞き取れなかった。祐子は瞼に涙を浮かべた。賢は祐子を励まそうとして言った。
「祐子、個人的な特性だから、気にするなよ。後でゆっくり練習しよう」
祐子は黙って頷いたが、悔しさにやっと堪えているようだった。賢が言った。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。愛子一緒に来るか?」
愛子は賢の目をじっと見つめたまま、視線を逸らさずに頷いて直ぐに立ち上がると、賢の側に寄った。祐子と亜希子は賢が自分の知らない世界にも生きていることに多少の焦燥感を覚えた。ふたりが丁度地下鉄駅の出口に差し掛かった時、由美が出口の階段を上がって来た。由美は賢の姿を目にすると、階段を上がる歩調を速めた。
「あら、来てくださったのですか?」
「うん、由美は初めてだろう。それに暗くなったからな」
「大丈夫なのに・・・・そちらは?」
「愛子だ。今日から俺の娘になった。愛子、浄蓮の滝で失踪した由美さんだ」
由美は賢の言った言葉の意味を解せなかった。
「愛子です。よろしくお願い致します」
「早瀬由美です。はじめまして。あなたが麻子さんの娘さんね。テレビで一度拝見したわ」
「はい、わたしあちらの世界から帰還したばかりです」
3人は賢を真ん中にして歩いた。愛子が賢の右手に自分の左手を絡めて歩いた。由美は、賢から少し離れて歩いた。
「やっと、チャンネルを戻してくださったのでほっとしました。あなたにチューニングしてもいいですか?」
「うん。勝手をして済まなかった。必死だったんだ。意識の流れを中断したくなかったんだ。ごめん」
「分かっているわ。でも、できるだけチャンネルは切らないでね。辛いから」
「うん、もうしないよ」
3人が部屋に着くと、祐子と亜希子が入り口で出迎えた。
「ただいま!・・・こちらが由美さんだ」
「はじめまして、早瀬由美です」
「まあ、入り口ではなんですから、奥に入ってください。挨拶はそれからにしましょう」
賢が言った。由美は賢に促されて部屋に入るとソファの横に立った。
「じゃ、改めて紹介するよ。こちらが浄蓮の滝で失踪して、ついこの間帰還できた早瀬由美さんだ。彼女は過去世をすべて記憶している特殊な能力の持ち主だ。由美さん、僕の仲間を順に紹介するよ。愛子はさっき挨拶したからいいね。こちらが祐子・・・・・・・」
賢は全員を簡単に紹介していった。由美はその都度、頭を下げて「よろしくおねがいします」と言った。祐子と亜希子は由美と顔を付き合わせながらもできるだけ平静を保つ努力をした。由美の存在は祐子と亜希子にとっては、最も大きな不安材料だった。しかし、ふたりとも微笑んで、由美と賢の様子を交互に伺っていた。一通り紹介が終わると、ふたりの女性の心の動きなど気にもとめず原が口火を切った。
「お会いしたばかりなのにいきなりこんな質問をして失礼ですが、僕は基本的に、失踪状態にあるときは、この世界での時間という概念がなくなった状態になると考えています。実際自分が失踪した時もそういう状態だったと思います。でも、早瀬さんのことを聞いて、それが真実なのかどうかを確かめることができるんじゃないかと。つまり、失踪状態は死んだときの状態と同じなんじゃないかということですが、どう思われますか?」
賢が間に入った。
「うん、それはポイントを突いた質問だな。もし、それがはっきりすれば、誰も死を恐れなくなる。そうなると、ほとんどの人が無用な執着を捨てて、この世界がユートピアになるかもしれないな。尤も、そうするとこの世界の進歩も無くなるか。うーん、難しいところだな・・・・由美さんの記憶には人類全体の望みを叶えることができる可能性が秘められているな。時間についての真実と、人間は生き通しの生命だという事実がはっきりしたら、世界が変わるかもしれない。うーむ・・・・・・」
賢の言葉に、3人の女性は息を飲んだ。原は黙って頷いた。由美は賢の方を向いて話し始めた。
「わたし、過去世の記憶だけではなくて、この前失踪していたときのことも、死んだ後のこともすべて覚えているのです。でも、学校のテストの時の暗記のような、頭をひねって思い出すような記憶じゃないのです。何となく、おでこのところに閃きみたいに浮かんでくるのです。わたしはおよそ5000年前に内観さんの魂から分離した存在なのです。その悲しい分離が起きてしまった後、この世界に生まれたときのこと、あれから50回ほど生まれましたが全て覚えています。もちろん、日常的な細かいことまでは思い出せませんが、鮮烈な印象を受けた出来事はすべて記憶に残っています。ある1回の誕生から、その人生、そして、死、死後の生、そして次の誕生までの過程をすべて憶えています。わたしの意識は常に内観さんを追って生まれ変わりを繰り返しました。この生でやっと、内観さんと同じ世代の女性としてお会いすることができたのです。わたしは生まれ変わる度に、ずっと意識を研ぎ澄ませて内観さんを探し続けたのです。ですから、今まで出会った人たちのことははっきり憶えています。人間は生き通しなのです。死ぬことはありません。この世でいう死とは、肉体と思考機関だけの死であって、意識は、何も変わっていません。でも、この肉体は、とても大切なものだと思います。なぜなら、この肉体を通してしか、わたしたちは自分自身を知ることができないからです。この世界には自分を反射させる鏡を置けるのです。写された自分の姿をその元にある自分の本体に反射できるのです。その反射で、本体の特性を変えていくことができるのです。死後の世界や失踪中に居た世界ではその可能性はほとんどゼロでした。わたしはこの世界で自分が行ったことによって自分の本体が実際に変化したのを経験しています。それは、次の生で個性として現れてきます。でも、死後の状態にあるときは、自分自身を変えることはほとんどできませんでした。だから、この世界の生活がいかに大切かということが分かります。失踪していたときの世界は意識の持ち方でどうにでもなる世界でした。それは死後に一時的に住む世界ととても似ています。その状態は死後、その一時的な生活を経て、自分の本体に帰還して行く途中段階のような状態です。最終的に自分の本体に帰還すると、後は自分で突き動かされるように生まれ変わりを意思するようになるまで、そこに留まります。そうそう、時間の経過ですね。時間は自分が作っているのでしょう。それはどの世界、どの状態でも同じだと思います。この世界も同じだと思います。ただ、この世界では規則的にリズムを作り出す仕組みが時計という形で一般概念化されていますから、意識がそれに引きずられてしまうでしょう。だから、時間があるように錯覚を起こしてしまうのですね。ねえ賢さん、そうでしょう?」
全員、しんとして由美の話に聞き入っていた。賢が応えた。
「まさに、由美さんの言う通りかも知れない。由美さんの言うところの由美さんの本体はまだ、由美さんの個性を持っている。その個としての自分が自己としての意識、いわば自我を離れたとき、大いなるものと一体化するんじゃないかな」
原が両手を組みながら由美に向かって言った。
「僕も早瀬さんと同じことを考えていましたが、ただ考えるだけではどうにもならないでしょう。体験しないことには確信が持てないですからね。これまでいろいろな人たちが、人間の理想的な生き方についてさまざまなことを体験し、それを多くの人たちに伝えてきましたけど、ほとんどの人はその賢者たちの言ったことを信じ、それを崇め、暗証し、唱和することで、自分自身を失ってきたように思います。仏教のお経や、キリスト教のミサはみなこの類で、それを唱えたからと言って悟りの境地になったり、心が浄化されたりすることはほとんど無いと思います。僕たちはそれを体験し、その体験に基づいて生きることができたとき、初めて生きたと言えるのだと思います。早瀬さんはそれを地で行っている方だと思います。それができたのも、早瀬さんが自分の魂の片割れである内観さんを真剣に求めて生き通してきたからだと思います。求める人への想いがこれほど純粋で、強い方はいらっしゃらないでしょう」
それを聞いて、それまで黙っていた亜希子が言った。
「わたくしはこの人生を賢さんに委ねました。早瀬さんには敵わないかもしれませんが、でもわたしのすべてを賢さんに捧げて生きてゆきます。早瀬さんが5000年待ったとおっしゃるのでしたら、わたくしはこれから10000年でも100000年でも賢さんの傍を離れません。いつもわたしの中に賢さんが居ますから」
祐子はそれを聞いて、亜希子を睨み付けるように観た。
「亜希子さん、どうしてそんなに挑戦的になるの?まだ、早瀬さんが5000年待ったということと、賢さんと一体だった魂の片割れだってことが本当のことかどうか分からないじゃないの。わたしは早瀬さんの言葉より、麻子さんの方がずっと純粋に賢さんを愛していたような印象を受けるわ。早瀬さんは自分の失ったものを求め続けたんじゃないかしら。そうでしょう。早瀬さんと会うまで、そのことは賢さんの意識には無かったんでしょう。そうだとすると、一つの魂だったっていうのは可笑しいと思うわ」
由美の口元から微笑が消えた。愛子は祐子の言葉を聴いて、書棚の骨壷に視線を投げ掛けた。由美が言った。
「わたしたちは切っても切れない間柄なのです。誰が何と言おうとも5000年の間、わたしが賢さんを探し続けてきたことは確かです。そして、やっと巡り逢えたのです。わたしは他の誰が内観さんのことを愛していようが、恋い慕っていようが、そんなことは構わないのです。もう、わたしはこの方から永久に離れません」
賢が黙っているので、少し間をおいて原が言った。
「皆さん、内観さんのことを愛していらっしゃるのですね。知っていますか?内観さんは特定の人とだけ生きるつもりはありませんよ。誰とも結婚はなさらないと思いますが」
愛子が下を向いて小さい声で言った。
「でも、・・・母とは結婚しました。そして、わたしは父の子供になりました。だから、わたしはずっと父と一緒に生きてゆきます。本当にいつも一緒に居てくれるって、父がわたしに誓ってくれました」
祐子がすこし苛付いて言った。
「愛子さん、お母さんは苦しんでおられたでしょう。だから、賢さんが優しくしてあげたのよ。賢さんの慈しみの心よ。賢さんはそういう方なの。わたしが一番よく知っているわ。こんなことを言うと失礼かもしれないけど、早瀬さんはそれを誤解されたのじゃないかしら、賢さんは誰にでも優しいから」
由美は鋭い目つきで祐子を睨みつけるようにして言った。
「いいえ、賢さんとわたしはまた元のようにひとつになったのよ。もう、誰も壊すことのできないしっかりとした絆で結び付いたの。あなたが何とおっしゃろうとその事実は消えないわ。もうわたしたちはひとつの魂なのよ。好きとか、愛しているとかということを超えているのよ」
祐子は収まらなかった。今まで、抑えてきた感情の嵐が一気に噴出してきたのを意識した。
「忘れじの 行く末までは かたければ けふを限りの 命ともがな・・・・・あなた、わたし、死んでしまいたいわ」
賢が漸く口を開いた。
「僕が優柔不断な為、皆に苦しみを与えてしまって、本当に済まなく思うよ。でも、自分でも不思議なんだが、祐子のことも亜希子のことも由美のことも麻子のことも皆、真剣に愛しているんだ。そのことで、君たちの心に傷を与えてしまったのなら、本当に済まなく思うよ。今でもふたりきりでいるときの気持ちに何の変化も無いんだ」
3人の女性は黙ってしまった。愛子が小さい声で言った。
「賢パパ、わたしのことは?」
「馬鹿だな。お前は僕の娘じゃないか。だれよりも一番愛しているよ」
賢は横に座っている愛子の肩を抱き寄せた。愛子は顔を赤くして下を向いた。その時呼び鈴が鳴り、レンタル店が寝具を2式持って来た。賢が出て、ソファの後ろに寝具を置くように頼んでから、3日分のレンタル料を支払った。レンタル店の20歳前後の店員は活気のある声で「毎度ありがとうございます」と言って立ち去った。待ち兼ねたように原が言った。
「僕には恋という感情の経験がありませんから間違っているかもしれませんが、皆さん、内観さんに恋されているんじゃないですか?皆さん、内観さんをとても激しく求めているように感じます。問題は、これからの人生でこのままの情熱を保って生きてゆけるかどうかですね。大抵の人は、長い間一緒に居ると相手への情熱を失ってしまいます。それまでは相手の一挙一動がすべて気になり、相手のことを常に意識の中に置いて慈しんでいても、一旦安定的な状態、えーと結婚生活とか同棲とかを始めると、相手が苦しんでいるのさえ見えなくなってしまうでしょう。だから、それを警戒して、内観さんは結婚をされないんでしょう。ねえ、内観さん」
「ええ、原さん、その通りです。でも、その結果、皆を苦しめているのでしたら、できるだけ、皆から離れていようと思います」
亜希子が言った。
「だめです。離れるなんて言わないでください。わたしの生き甲斐はあなた以外には無いんですから。もしそんなことをなされたら、わたしも麻子さんのように死んでしまいます」
祐子が言った。
「あなた、わたしたちが悪かったわ。ねえ、亜希子さん、それに早瀬さん。わたしたちはやはり、彼を独り占めにしようとしていたのよ。本当はちょっと辛いけど、賢さんが居なくなってしまったら、わたしには生きる意味が無いわ。亜希子さんと同じよ・・・・忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもある哉・・・・・あなたのことが一番大切よ」
「祐子のことを忘れるわけないじゃないか。そんなことを言わせてしまって、済まなかった。もう、皆から離れようなんて口にしないよ。でも、皆を愛する気持ちはどうすることもできない。そのことでみんなを苦しめたんなら。本当にごめん」
祐子が手の甲で涙を拭いながら言った。
「早瀬さん、許してね。わたし、あなたに敵意を持っていたの。嫉妬よ。だって、あなた、5000年も前から賢さんのことを知っていたって言うんですもの。ごめんなさい」
賢が言った。
「僕は由美さんのことはそんなに遠い昔から知っていたとは思っていない。とは言っても、由美さんとは、意識がとても同調しやすいことは確かだ。だから、さっきも言ったように、テレパシーで話をすることもできるし、相手の目を通して透視もできるんだ。でも、だからと言って由美さんにだけ特別の感情を抱いているわけではない。皆同じように愛している」
祐子はその言葉が気に入らなかった。以前、賢が祐子のことを誰よりも一番愛していると言った言葉が脳裏を掠めた。しかし、今は賢が亜希子と由美に配慮してみな同じように愛していると言っているのだと思った。祐子は湧き上がる感情を飲み込んだ。それから漸く日常的な話題に移った。亜希子が茶を入れて来た。
由美がアパートを出たのは8時過ぎだった。賢は愛子とふたりで由美を駅まで送った。地下鉄の切符売り場までゆくと、賢が言った。
「今日はごめんな。こうなることは予想していたけど、一度は皆に会わなくてはならないだろう。気分を悪くしないでくれよ」
改札を入る前に由美は賢の胸に頭を付けた。賢は由美を軽く抱いた。由美がホームに消えると、愛子が賢の右手を握った。由美から「あなた、会えてうれしかったわ」というメッセージが送られて来た。

次ページへ→

←前ページに戻る
←全ページガイドに戻る


Copyright(C) 2011 Homei Kasui All Rights Reserved