写像1071〜1080

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「愛子ごめんね。疲れているだろう。もう、みんなに引き取ってもらおう。明日は新しい学校に転入届を出して、挨拶もしなくちゃな」
「賢パパ、わたしは大丈夫よ。今夜もずっと傍に居てね」
アパートまで愛子は賢に体を凭れ掛けて歩いた。アパートに着くと既に祐子と亜希子は帰り支度をしていた。ふたりは名残惜しそうに帰途に就いた。暫くして、3人はシャワーを浴びてから床に就くことにした。先ず、賢が愛子を連れてシャワールームにゆき、シャワーの使い方を説明した。愛子はシャワールームが今まで見たこともないような作りになっているのに驚いた。そこにトイレが付いているのを見て賢に言った。
「トイレとシャワーが一緒だと、誰かがお風呂に入っているときに他の人がトイレに行きたくなったらどうするのかしら」
「そうなんだ。僕もこういう作りは好きじゃないな。落ち着かないしね。まあ、これからずっとここで過すんだから、慣れなくちゃな」
「うん」
愛子は一旦旅行鞄の処に行って下着を取り出すと、シャワールームに入って行った。賢は愛子の無頓着さが少し気になっていたが、麻子と3人で過ごした時とは違い、愛子は服を脱ぐとき、シャワールームの入り口の陰の、居間から死角になるところで脱いだ。賢はそれを見て、「やはり、気を使っているんだ」と思ってほっとした。暫くして愛子がシャワールームから出て来た。
「原さん、賢パパ、お先に頂きました」
賢は次に原にシャワーを浴びるように勧めた。原も素直に従った。原がシャワールームから出て来ると、賢は愛子に寝室で休むように勧めた。しかし、愛子はどうしても母の近くで就寝(やす)みたいと言った。賢と原は納得した。愛子と賢が居間で休むことになった。3人で居間のソファを動かし、骨壷のある書棚の前と、その横に2つの床を延べた。それが済むと原は「お先に」と言って寝室に入り、扉を閉めた。賢が最後にシャワーを浴びた。シャワーを浴びながら、今日一日の省察を行った。長い一日だった。愛子の気持ちが意識に流れ込んでくるような気がした。賢は思わず涙を流した。シャワーの湯で涙をかき消そうとしたが、却って麻子の面影と重なり、涙は流れ続けた。賢がシャワールームから出て来ると、愛子が骨壷の前で両手を合わせていた。賢も横に並び、手を合わせて麻子の安寧を祈った。瞑目を解くと、愛子が賢をじっと見つめていた。賢が
「さあ、寝ようか?」
と言うと、愛子は黙って頷いた。賢は愛子の頭を胸に引き寄せて抱きしめた。愛子はしっかりと賢にしがみ付いて、囁くように言った。
「賢パパ、抱っこして寝てね。わたし、とっても寂しくて、怖いの」
賢は愛子を抱きしめたまま、小さい声で答えた。
「心配いらないよ。今晩はこうして愛子を守っていてあげる」
ふたりは骨壷の前に敷いた方の床に潜り込んだ。賢が愛子の方に体を向けると、愛子が賢の胸に顔を埋めてきた。賢は愛子の背に軽く手を回した。愛子は賢の胸で啜り泣いた。暫く泣いていたがやがて泣き止むとそのまま眠りに落ちた。賢は「この子を必ず守り抜く」と自分に誓った。
翌朝、賢が目を覚ますと、愛子がキッチンで朝食の支度をしていた。骨壷の前には、新しい水が供えられていた。
「おはよう、愛子もう起きたのか。よく眠れたか?」
「おはよう、賢パパ。わたし、まだ起きたばかり。ぐっすり寝たわ。お母さんの夢も見なかった。賢パパは目玉焼き好き?原さんはどうかしら」
「好きだよ。原さんも僕も、大抵のものは食べるよ」
「分かったわ。ねえ、ここのコンロの使い方教えて?」
賢は愛子にIHヒーターの使い方を教えてから、朝の身繕いをし、麻子の骨壷の前で黙?をした。愛子は初め恐る恐るタッチパネルスイッチを押していたが、すぐにその操作方法を飲み込めたらしく、楽しそうに鼻歌を歌いながら、鍋を取り出して味噌汁を作り始めた。賢は愛子の鼻歌の曲は聞いたことが無かったが、リズミカルな歌だった。その時寝室のドアが開いて、原が欠伸をしながら出て来た。
「おはようございます。愛子さん早いですね」
「おはようございます。いつもこのくらいに起きています。もうじきお食事の支度ができますから、ご一緒にいただきましょう」
「原さん、おはようございます」
「おはようございます」
「今朝は愛子が食事を作ってくれて、なんか家庭的な雰囲気ですね」
「僕はさながら居候ってところですね。でも、朝食を作って貰えるなんて、施設のとき以来だな。愛子さんに感謝しなくちゃね」
「美味しいかどうか分からないのに、そんなこと言わないでください。わたし、緊張しちゃう」
愛子はそう言いながら、まず麻子の骨壷の前にご飯とみそ汁を備えた。暫く瞑目していると、顔を洗って戻って来た原が、愛子の横に来て両手を合わせた。ソファに座ってそれを見つめていた賢はふたりが兄妹のように見えてきた。原は愛子より15センチほど背が高かったが、背後から見るとふたりの背丈はバランスが整っていると感じた。昨夜は愛子が自分のメッセージを受け取れたが、原にはできなかった。賢は試しにテレパシーで。ふたりに対して同時に同じメッセージを送ってみた。
「今年中にアメリカに行くことになると思うけど、一緒に行ってくれないか?」
ふたりが同時に振り返って、賢の方を見た。賢は微笑みながら、頷いた。ふたりは黙って顔を見合わせた。原が言った。
「何をしに行くのですか?」
それに続いて、愛子も言った。
「わたしも連れて行ってくれるの?」
賢が笑いながら言った。
「はっはっは、ふたりとも、僕のテレパシーを受け取れたじゃないか。ちょっと試してみたんだよ」
愛子が少し膨れたような顔をして、
「なんだ、冗談なんだ」
と言った。原は微笑んでいるだけだった。
「いやいや、多分今年の夏頃にはアメリカに行くことになるような気がするんだ。仕事も少し絡むけどね。その時に、アリゾナの両親のところに寄って来ようと思うんだ。愛子には僕の両親に会って欲しいし、原さんには、多分仕事のことで、一緒に行って欲しいとお願いすることになると思うんだ」
原がちょっと不思議そうに作り笑いをして言った。
「未来のことがそんな風に予想できるんですか?ぼくは、よく将来に起きる事象の発生する確率を計算して、予想することがありますけど、精々1週間前位の事しか予想できません」
「僕は、心を空にしているとき。これから自分のとる行動の道筋みたいなものを感じることがあるんだ。でも、自分でその道筋を変えようとすると、その道筋が見えなくなるんだ。心が充足していて、それでいて自分を意識していない時によく、将来が見えることがあるんだ」
「賢パパ、わたしが夏休みの時に連れて行ってね。そうすると学校を休まなくてもいいでしょう」
「そうだね。そうなるといいね」
「わあ、楽しみだな」
愛子は急いで台所に戻ると、ほとんど整っている食事の最後の準備に戻った。その時チャイムが鳴った。賢がインターホンに出ると、祐子と亜希子だった。少ししてふたりは部屋の扉を開けた。途端に味噌汁のほのかな香りがふたりを包んだ。まず祐子が言った。
「皆さん、おはようございます。あら、お食事の支度をしているの?」
亜希子も続いて言った。
「おはようございます。皆さん、愛子さん、よくお休みになられました?」
3人は一斉に返事をした。
「おはようございます」
「おはよう」
賢がそのあとをフォローした。
「愛子が食事の支度をしてくれたんだ。君たちもこんなに早く来てくれて、ありがとう」
「おかげさまで、わたし、よく休むことができました。賢パパと原さんが優しいので、わたし、幸せです」
祐子が言った。
「これからお食事なの?」
「うん、これからだ」
「わたくしたち、お食事の支度をさせていただこう思って参りました」
「君たち、まだ、食事してないだろう。愛子、ふたり分を追加できるか?」
「はい、賢パパ。すぐ用意するわ」
「愛子さん、いいのよ。わたしたち、自分で支度するから」
「いいえ、わたしにさせてください。皆さんに親切にされて、わたし、このくらいのことしかできないんです。美味しくないかもしれませんけど、わたしに・・・・・」
「そう、それじゃ頼んじゃっていいかしら、ねえ、亜希子さん」
「ええ、お姉さま。愛子さん、よろしくお願いします」
4人はソファに腰掛けて待つことにした。祐子と亜希子は立ち上がると、骨壷の前に行き両手を合わせた。ソファに戻ってから祐子が言った。
「麻子さんに会ってみたかったわ」
「わたしもです。お姉さま」
賢は黙って微笑んだ。原が言った。
「内観さん、麻子さんが亡くなられた後、お会いになったんでしょう。麻子さんはどんな感じでしたか?」
「うん。どう言ったらいいだろう、透明な感じというか・・・いや、それとも違う。姿はあるんだけど、その姿を見ていると、麻子の意識の動きが見えるといった感じだった。とても純粋で、美しかった。逆に自分たちが、あまりに汚れている所為か、近付き難い感じを覚えた。麻子には愛しかなかったように思う」
その時、愛子が朝食の準備ができたと声を掛けた。全員食卓に移動した。賢が昨夜から置いてあるスツールの席に腰掛けながら愛子を見た。愛子は自分の感じた麻子の印象を言った。
「わたしが会ったお母さんはいつものままのお母さんでした。わたしのことをとても心配してくれて…」
愛子の目に涙が浮かんだのを見て、賢はしまったと思った。祐子がそれを覚って言った。
「さあ、愛子さんが用意してくださった朝食が冷めちゃうわ。いただきましょう」
皆、頷いた。愛子も祐子の言葉にほっとして、にっこり笑った。はじめに味噌汁を口にした亜希子が言った。
「おいしい!愛子さん、お味噌汁お上手ね。お母さまに教えていただいたのかしら」
「ありがとうございます。母が教えてくれました」
シンプルな朝食だったが、全員がその味に驚いた。特に変わった材料を使った訳ではなかったが、香りにも味にも深みが感じられた。全員が愛子を褒めた為、愛子は照れて顔を赤くした。朝食が済むと祐子と亜希子は後片付けを手伝った。少しして賢が愛子に学校に出掛けようと言った。愛子は少し緊張気味だったが、明るく返事をするとすぐに支度を始めた。祐子と亜希子も一緒に出掛けることにした。ふたりは買い物をすると言った。原も同時に出掛けた。アパートを探すつもりだった。今はまだ賢のアパートという蓑に隠れて追跡の手を逃れているが、それはいつも報道陣の意識の対象になっていて、間違いなくリスキーだった。賢が自分の同居をいつまで隠し続けられるか疑問だった。一日も早く、自分だけのアパートに引っ越したかった。5人は一緒にアパートを出たが、原だけは地下鉄に乗らずに、近くの不動産屋を廻ってみると言って地下鉄駅の入り口で4人と分かれた。賢と愛子が江東区立湾岸中学に着いたのは9時過ぎだった。地下鉄を3つ目の駅で降りた。祐子と亜希子はそのまま都心に向かうことにした。正午に渋谷で待ち合わせて、昼食を一緒にすることにした。愛子は緊張していた。地下鉄の混雑は想像を絶するものだった。愛子は地下鉄の駅のホームに大勢の人が居ることにびっくりしたが、愛子たちが乗客の隙間に自らを押し込むようにして乗った後から、ホームにいたほとんどの人が雪崩込んで来たので、一層驚いた。賢は愛子が揉みくしゃにされないように自分の胸の中に抱き抱えるようにして保護した。祐子と亜希子は雑踏には慣れている。賢からあまり離れないように賢の横に身を寄せてうまく体の前に隙間を作った。亜希子は窓際の隙間に体を滑り込ませていた。賢と祐子の間には一人の女性が挟まっている。愛子は手で自分を防御する術を知らなかったので、体全体が賢の体に密着した。賢は愛子を庇おうと、愛子の背に右手を回し、小バッグを持った左手を愛子の腰に回していたので、愛子は手をだらりと降ろした状態で賢に抱き締められているような感覚がして、上目遣いにちらっと賢の顔を見上げた。優しそうな賢の瞳と出会って、顔が紅潮してきた。
「愛子、凄いだろう。東京の地下鉄や電車は、毎朝こんな状態だよ」
「う、うん。びっくり」
一つ目の駅では大勢の人が降りて、車内の混雑が少し和らいだ。愛子は恥ずかしそうに賢から体を離した。しかし、それも束の間またどっと人が入って来た。愛子は、今度は自分と賢との間に隙間を作ろうと試みたが、それも無駄だった。祐子はずっと奥まで押されて行ってしまった。愛子は先ほどよりもっと自分が賢の体の中に食い込んで行っているような感覚を覚えた。
「今日は、また、凄く混むな。大丈夫か」
「う、うん」
愛子の顔は真っ赤になっている。しかし、それは愛子にとって、胸弾む体験だった。2つ目の駅では人の出入りがあまり無かった。電車の急発進で乗客全体が倒れ掛かった時、賢は倒れないように足を踏ん張り、必死に愛子を抱き締めた。愛子も賢の体にかじり付いた。賢は愛子の手が自分の背中にまわされていたことを知った。電車の揺り戻しで正常な位置に戻ったとき、ふたりは顔を見合わせ微笑んだ。愛子は恥ずかしそうに賢から目を逸らせた。賢は4、5人隔てた奥から賢の方をじっと見ている祐子の視線に合った。祐子はいつも自分を守ってくれていた賢が今は、少し自分から遠ざかって愛子を庇っていることが寂しかった。その視線は、悲しそうだった。亜希子は祐子と向き合うような位置にいた。電車が3番目の駅に入った時、賢は愛子の背中にまわしていた右手を引き抜いて祐子に手を振った。亜希子も賢の方に振り返った。賢は亜希子にも手を振った。ふたりはまた、怒涛のように電車の外に押し出された。愛子が言った。
「賢パパ、わたし、ダンプカーの砂利になったような気分だわ」
「本当だな。そんな気分だ。今日はいつもより酷いな。だけど、反対側の線は日本でも指折りの地獄ラッシュだよ。こんなもんじゃない。僕は、毎朝、決死の思いで乗るんだ。特に鈍行が酷い。快速がベッドタウンに停まらないから、飛ばされた駅の鈍行の乗車率が200パーセント近くになるんだ」
湾岸中学の校門は鉄の扉で閉ざされていた。賢が呼び鈴を押すと、背の高い、眼鏡を掛けた50歳前後の背広姿の男性が出て来て、扉の鍵を開けてくれた。
「お待ちしておりました。最近この辺りは治安が悪くて、扉も施錠しないと不用心なんです。お手間を取らせて、申し訳ありません」
背の高い男は教頭を名乗った。ふたりは教頭に案内されて、校長室に入った。そこには既に校長と一人の30歳前後の眼鏡を掛けた頑強そうな女教師が、入り口に立ってふたりを待っていた。賢は愛子と自分を簡単に紹介してから、校長に転入の為の必要書類を一式提出した。校長はそれにさっと目を通すと、書類を机の上に置いてから、ふたりを応接用のソファに座るように促した。校長、教頭と女教師がふたりに向かい合って座った。
「お母さんを失くされて、大変でしたね。3学期は月曜日から始まりますが、出席できますか?」
校長が慇懃な口調で質問した。賢が答えた。
「はい、是非そのようにさせていただきたいと思います。愛子はまだ母親を失った悲しみから完全に立ち直っているとは言えませんが、そこはわたくしが父親として支えてまいりますので、よろしくお願い致します」
校長は愛子に向かって、確かめるように質問した。
「愛子さん、今、お父さんの言われたことに間違いありませんか?今度の月曜日から通学できますか?」
愛子は「はい」と元気よく返事をした。
「分かりました。それでは、正式にあなたの編入を認めます。それでは、校長のわたくしから、この学校の方針などを説明します。先ず、この学校は一般に言われる受験校ではありません。生徒たちは自分たちの意思でいろいろな活動を行っています。あなたが今度編入する第2学年の3学期はほとんどの生徒たちがこれからどういう方向に進もうかと考えている時期です。あなたが将来についてどういう考えを持っているかによって、編入するクラスを決めたいと思います。ここは、お父さんではなくて、愛子さん自身が答えてください。どういう方向に進みたいと思っていますか?」
愛子は賢の方を観た。賢が会釈したのを確認すると、話し始めた。
「わたしの考えは、賢パパ、いいえ、父にはまだ話していませんが、将来はバレエをやりたいと思っています。でも、わたしは自己流で練習しただけで、正式に教わったことはありませんから、どうしたらいいか分かりません。前の学校にはバレエ部はありませんでした。今度この学校で、それができたらいいと内心楽しみにしていました」
校長は愛子の身体をさらっと眺めて言った。
「愛子さん、それはよかった。当校には男子、女子ともバレー部があります。あまり背が高くないから、セッターのようなポジションを狙うことになるのかな。いずれにしても、スポーツ選手を目指すのは、躍動的でいいですね」
愛子は首を横に振っていった。
「いいえ校長先生、わたしはあの国際的バレリーナの森川洋子さんに憧れています。あの方のバレエを見ていると、自分が森川さんになったような気持ちになって、とても幸せなのです。わたしもあの人のように美しいバレエを踊ってみたいのです」
校長が「はっはっは」と笑った。教頭も、女教師もにっこり微笑んだ。
「わたしは、てっきりバレーボールだと思いました。ごめんなさい。そうですか。残念ながらこの学校には舞踏のほうのバレエ部は無いのですよ。でもそういう希望を持っているということはいいことです。将来の夢の実現に向けて頑張ってください。・・・となると、佐波真知子先生、やはり、あなたのクラスに入って頂くのがいいですね」
校長は女教師の方を見て言った。佐波と呼ばれた女教師は眼鏡を押し上げながら言った。
「はい、わたしが担任としてお預かり致します。わたしのクラスは、いろいろ変わった個性を持った生徒たちを集めたクラスです。高校受験についても、進学校ばかりでなく、将来の希望に沿った高校を選択し易いように配慮しています。そういう点で、自分がやる気になると、さまざまなタイプの生徒と接することで、切磋琢磨されるクラスですが、消極的で、内向的な生徒には少しきついかもしれません。愛子さん、大丈夫ですか? お父さん、よろしいでしょうか?」
賢は一旦愛子の方を振り向いて、頷いた。愛子も元気よく、
「はい、よろしくお願い致します」
と言った。佐波が続けて話した。
「愛子さん、お父さん、この近くにわたしの知り合いがレッスンを指導しているバレエ教室があります。初級コースから教えていますから、一度行ってみたらどうですか?」
愛子の顔がパッと明るくなった。佐波はそこの住所と電話番号、責任者の名前をメモ帳に記入し、そのページを切り取って賢に渡した。そこには次のように書いてあった。
「アメリカンバレエスクール「天使への階段」 江東区門前仲町934の48 スクール長 雲居小百合」
賢が言った。
「ありがとうございます。愛子、帰りに寄ってみようか?」
「うん、賢パパ」
校長と教頭は愛子が賢パパと呼んでいることに少し、違和感を覚えたが、ふたりとも微笑んで2度頷いた。佐波は微笑みもせずに話を続けた。
「ところで、お父さん、愛子さんはとてもよい成績なのに、1学年遅れていますね。差し支えなかったらで結構ですが、事情をご説明いただけないでしょうか?」

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