写像1081〜1090

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賢が答えた。
「はい。ご存知のことかもしれませんが、愛子は1年前に失踪してつい最近、昨年のXX月XX日ですが、帰還したのです。ですから、1年間のブランクができてしまったのです。和歌山でも1年学年を下げて、再登校を認めていただきました。初めは愛子も辛かったと思いますが、今では自分の状況を受け入れて、元気に通学できるようになりました。愛子は、最も頼りにしていた母親を失ってしまった衝撃があまりにも大きいので、1学年下がったことなど、今はほとんど意識に上がって来ないと思います」
賢は愛子の瞳を見つめた。愛子の瞳が少し潤んだのを感じた。愛子は唇をきっと結んで頷いた。佐波は立ち上がると愛子に握手を求めた。
「これからよろしくね。あなたの入るクラスは2年のクラスのまま、3学年になる時のクラス替えはありません。これからともに楽しく勉強してゆきましょう」
「はい、先生。よろしくお願い致します」
ふたりが中学校を出たのは10時半を回った頃だった。ふたりは佐波真知子に紹介してもらったアメリカンダンススクールに寄って行くことにした。愛子は校門を出ると、スキップして賢の前を小走りに進んだ。佐波の言う通り、ダンススクールまでは5分も掛からないほどの距離で、住宅地の片隅にある7階建てのビルの3階にあった。入り口のドアをノックすると50歳を超えていると思われる小奇麗で小柄な女性が直ぐに顔を出して、ふたりを招き入れた。
「さっき、真知子さんから電話があった方ね。わたしは雲居小百合。さあ、どうぞお入りください」
ふたりは先ず、入り口で簡単に自己紹介してから中に入った。
「あなた、内観愛子さんっておっしゃるのね。いい名前ね。バレエの経験はどの程度おありなの?」
愛子はいきなり、経験を聞かれて少し戸惑ったが、勇気を奮って応えた。
「はい、わたしはテレビで時々森川洋子さんのバレエを見て、それを真似ていた程度です。まだ、正式にレッスンを受けたことはありません」
「それは、いいのよ。じゃ、踊った経験はあるのね」
「はい、小学校の学芸会で踊ったことがあります。でも、それも自己流で」
「いいのよ。自己流も楽しんで踊る分にはぜんぜん問題ないわ。でも、愛子さん、将来はバレリーナになりたいんでしょう。真知子さんがそう言っていたけど。プロのバレリーナになるには、ものすごい練習と、それに何より、無類のバレエ好きでなくてはならないのよ」
「はい、テレビのインタビューで森川さんもそのようなことをおっしゃっていました」
「あの方は、生活がバレエになっているわ。バレエを踊る為に生まれてきたような方よ。生きることが踊ることなのね。あなた、そこまでやるつもりかしら?」
「今は分かりませんが、もしチャンスがあれば、そういう生き方をしたいと思っています」
「そうなの、分かったわ。それじゃ、愛子さん、あなたの自己流のバレエを少し踊ってみてくれるかしら」
賢は愛子がバレエを踊れることを、初めて知った。
「わたし、トゥシューズを持っていません。それに正式なトゥシューズは履いたことがありません。トレーニングシューズの先に綿を入れて練習しました」
「トゥシューズならここに沢山あるわ。合うサイズの靴を使っていいわよ。わたしが履かせてあげる。どんな曲を踊れるの?曲によっても合うシューズとそうでないのとあるのよ」
「はい、白鳥の湖の練習をしました。第2幕の「4羽の白鳥たちの踊り」のはじめのところを躍らせていただきたいのですが・・・でも、全部自己流ですので・・・・」
「それはいいのよ。じゃ靴を履きましょう。準備ができたら曲を掛けるわね」
雲居は愛子がトゥシューズを履くのを手伝ってから、CDラックの一番上の段から1枚のCDを取り出し、プレーヤーにセットした。愛子が踊り始めたとき、賢は背筋に電気が走ったような感動を覚えた。そのなめらかで美しい動きは、今までバレエなど意識的に見たこともなかった不案内な賢の意識を捕らえて離さなかった。3分ほど踊り続けてから、突然愛子は躓いて転んでしまった。雲居はすぐに愛子の元に掛け寄って、愛子を抱き起こした。
「大丈夫?怪我は無いかしら?足首は大丈夫?」
「わたし少ししか踊れないんです」
「いいえ、ひとりで練習していた割にはうまく踊れましたね。リズムが取れているわ。本当に自分だけで練習したの?」
雲井が言った。
「はい、紀ノ川の河原で練習しました。でも、なかなか難しくて」
「そうね、それは、基礎を勉強していないからね。基礎からみっちりやりましょう」
「賢パパ、この教室に入ってもいいかな?」
「勿論だ。愛子、僕もついうっとり見惚れてしまったよ。ただ、勉強もしなくてはならないから、大変だぞ」
「わたし、頑張る」
賢は雲井がふたりだけで話をしたいと言うので、練習所に愛子を残して、となりの更衣室兼事務所に雲居の後に付いて入って行った。事務所とは言っても、端の方にテーブルが一つとスチール製の椅子が5、6脚置いてあるだけの狭い場所だった。雲井は賢に椅子を勧め、自分も賢に向かい合って座った。
「率直に言って、自己流でここまで踊れる子は初めてです。ただ、基礎ができていないので、身体に無理が掛かっています。その癖を直すのに大分掛かるでしょうが、うまく行けば将来は100年に1度の逸物になれる可能性を秘めているように思います。でも、基礎からの焼き直しになりますから、彼女にとってはかなりきついレッスンになります。本来特訓コースは月謝として5万円ほどいただくところですが、将来への投資と考えて、入会費なし、基礎コースの料金月2万円でお引き受けします。如何ですか?ぜひわたくしに教えさせてもらえませんか?」
賢は雲井の提案に驚いた。ただ、愛子にかなりの負担が掛かるのではないかと思い、それを尋ねた。
「それはそうかもしれませんが、愛子さんの才能なら、それほど苦しい練習にはならないと思います」
雲居のその言葉に賢はほっとして、早速契約書にサインをした。練習は月曜日から1日置きに行うことになった。土曜日と日曜・祭日は休みとのことだった。アメリカンバレエスクールを出ると、愛子が賢の右手に抱きついて言った。
「賢パパ、大好き」
「愛子、自分の思う通りのことをやってみなさい。でも体が限界と思ったら、決して無理するんじゃないぞ」
「うん、わたし、頑張る」
渋谷のハチ公前には既に祐子と亜希子が来ていた。祐子は賢の姿が見えると、大きく手を振った。
「祐子、亜希子、待たせたか?」
「いいえ、わたくしたち、まだ10分ほど前に来たばかりですわ」
亜希子が応えた。4人は近くのファミリーレストランに入った。席に着くと祐子が聞いた。
「学校はどうだった?」
愛子と賢が同時に応えようとしたが、愛子は賢に譲った。
「うん、うまくいったよ。まだ、学校の校風は分からないけど、一応、方針は自由闊達に勉強させることを意図しているようだ。どうだ、愛子?」
「わたしもそう思うわ。わたし、あの学校好きになれそうです」
「それはよかったわね・・・それでいつから登校するの?」
「月曜日からさ。今日は休みなのに校長と教頭、それと担任の先生がわれわれを待っていてくれた。有り難かったな・・・それから、愛子は学校の近くにあるアメリカンバレエスクールに通うことになったんだ。愛子、結構踊れるんだぞ」
祐子と亜希子が驚いたような顔をした。祐子が言った。
「本当なの?凄いわね。どこかで習ったの?」
「いいえ、見よう見まねで、自己流で練習していただけです」
「それでも、素晴らしいですわ」
亜希子も愛子を褒めた。愛子は今朝から褒められっ放しなので、照れてしまった。愛子が照れ隠しに下を向いた時、祐子が賢にちょっと目配せした。賢が祐子の視線の指す方を何気なく見ると、そこには3人のサラリーマン風の男たちが座っている。賢は暫く意識をその男たちに固定した。3人は明らかに賢たちを観察している風ではあったが、そこに敵意は感じられなかった。4人はそれぞれランチメニューから定食を注文した。食事が運ばれて来るまでの間、亜希子は愛子にバレエの練習をどんな風にしていたのか聞いていた。祐子はその話を聞いているような振りを装っていたが、その間にハンドバッグからメモ用紙とペンを取り出して、一言二言書き込んだ。食事が運ばれて来ると祐子はソースの瓶を取る動作のタイミングで何気なくメモを賢に渡した。その動作には賢意外に誰も気付いた様子はなかった。メモには「あなた、先に出てね。わたしたち後から出るわ。オレンジパレスの前でね」と書かれていた。急いで食事を済ますと少しして、賢が言った。
「ちょっと寄っていかなければならないところがあるから、先に出るよ。3人は少しゆっくりしてゆくといいよ」
祐子がすかさず返事を返した。
「えっ、残念ね。でも、分かったわ。後で電話してね」
賢がファミレスを出ると、直に3人の男たちが後を追った。祐子は男たちの容姿をしっかりと頭に焼き付けた。先に立ったのは40歳代半ばで、やや太り気味の体格のよい男性、その次にやや小柄で色黒、鷲鼻の目つきの鋭い男性、最後に立ったのは背丈の大きな、精悍な顔をした体格のいい男性だった。3人とも紺の背広に地味なネクタイを締めている。3人の男性が支払いをして店を出るのを見計らって、祐子が亜希子に言った。
「今の3人の男の人に気付かなかった?」
亜希子が言った。
「わたくしもあの方たちがこちらを伺っていることに気付いていました。でも特に鋭い視線を投げ掛けてきていた訳ではないので・・・・・」
「そうね。だけど、お父様が用心するように仰っていたから、賢さんに先に出てもらったのよ。これで、あの人たちが彼を追っていたのが分かったわ。何事も無ければいいけど」
亜希子も愛子も祐子が賢にメモを渡しているのに気付いていた。ふたりはその意味が分かってほっとした。3人はまだ半分ほどしか食べていない食事を、愛子のバレエの話をしながら食べた。愛子は何もかも初めての経験だった。これまで、ファミレスに入ったことは一度もなかった。和歌山の中学校への通学路に1店ゴールデンプレートというファミレスがあった。愛子はそこを通る度に中はどんな造りになっているのか、どんな料理が出されるのか、どんな人が働いているのかなどと、思いを巡らせていた。でも、一度もそこで食事をしたいとは思わなかった。食事は家と、学校の教室でいただくものだと決めていた。今、こうしてファミレスで食事をしてみると、テーブルも椅子もとても馴染み易く、落ち着くのを感じた。料理の味は自分が作るものとさほど変わらないと思った。
「愛子さん、何を考えているのかしら?」
亜希子が尋ねた。
「はい、わたしが和歌山に居たときに、通学路にあったファミレスのことを思い出していました」
「そのファミレスはどんな感じだったの?」
「わたし、そこに入ったことがなかったので、詳しいことは分かりませんが、外観はこことあまり変わりません。ファミレスがこんな風になっていることに感心しました」
「そうだったの。わたくしはいろいろなレストランでアルバイトをしてきたので、いろいろなタイプのレストランを知っているのよ。ここは標準的な店ね。中にはサラダバーのあるところや、コンビニと繋がっているところもあるのよ」
「サラダバーって何ですか?」
「レストランの一角にいろいろな種類のサラダボールを並べてあって、サラダ付きのお食事を注文すると、何度でも自分で好きな種類のサラダや惣菜、それに果物なんかを選んで、いただけるのよ。バイキングってご存知でしょう。サラダや惣菜のバイキングって感じかしら」
「凄いんですね。わたしも一度サラダバーで食べてみたい」
「サラダバーはレストランの通称ではなくて、レストランのサービスのことよ」
「あっ、そうですね。わたし、サラダバーのあるレストランに行ってみたいわ」
愛子が言い直したので、亜希子と祐子はくすくす笑った。
3人が渋谷のオレンジパレス前で賢と会ったのは1時を回った頃だった。賢はそこで15分ほど待っていた。レストランを出ると賢は直に山手線に乗った。賢を追跡していた3人の男たちも賢を見失わないように、必死に後を追った。残念なことに電車は直ぐには入って来なかった。賢は外回りの待ち列の先頭に並んだ。30秒ほどして電車が入って来た時に、3人の男たちも賢の並んでいる列の最後尾に付いた。賢は素早く電車に乗り込むと出来るだけ奥まで入った。3人が電車に乗り込んだ時、賢は一つ次のドアまで移動してドアが閉まる直前に飛び降りた。3人の男たちは慌てて周りを見回し、賢が発車前に降りてしまったことに気付いたが、既にドアは閉まり、発車した後だった。3人の男性は車輌の中に取り残された。賢はすぐにJRの駅を出て、オレンジパレスに向かった。「人間は自分の次の行動を無意識に予測して、行動に移っているんだと思った。電車に乗った時、追跡している相手が当然次の駅までは行くはずだと思い込んでいる。乗った電車からすぐに降りるというパターンは、あの3人には想定外の出来事だったのだ」と思った。賢は追跡を巻いたことが可笑しくて、歩きながら笑った。すれ違う人たちが賢を見て怪訝な顔をしていた。それを観ると、さらに可笑しさが込み上げてきた。誰が追跡していたのかなどということは、大した問題ではなかった。重要なのはオレンジパレスで3人の女性と会うことだった。オレンジパレスに着いたが、3人の姿は無かった。賢はそこでじっと待った。瞑想をするにはもってこいの機会だった。
「あなた、瞑想していたの?大分待った?」
祐子の声で賢は目を開いた。15分経っていた。
「つけられたでしょう。どうやって播いたの?」
「一旦山手線に乗って、発射前に隣の出口からすぐに降りたんだ。3人を乗せたまま電車は走って行ったよ」
「うまくやったわね。でも走る間際に電車降りるの、危なかったでしょう」
「少しね。停車時間の使い方だよ。でもあまりにうまくいったんで、可笑しくて笑い出しちゃった」
「もう、そんな危ない方法は採らないでね」
4人は愛子がバレエの練習で使う練習着とトゥシューズを買いに雲居小百合が指定したスポーツ用品店に行った。愛子は胸躍った。夢にまで見たバレリーナへの道を歩み始めることができたことが奇跡のように思えた。これまで、あの両親の下では、バレリーナになる道など到底見付ける術は無かった。しかし、愛子は常に1千万分の1でも1億分の1でも可能性があれば諦めないと心に誓っていて、いつもその可能性の蜘蛛の糸を捜していた。もしその糸が見つかったら、何としてでも手繰り寄せようと思っていた。スポーツ用品店に着くと、愛子は賢の背中に触れるほど身を寄せて店に入って行った。雲居に言われた用品は値が張った。しかし、賢は何の躊躇も無くそれらの用品と白いスポーツバッグを購入し、その大きな包みを愛子に渡した。祐子と亜希子は、賢が人に物を買って与えるときの姿が好きだった。大きな包みを店員から受け取って愛子に渡すとき、愛子の目を見つめ、微笑んで、「はい」と言って渡した。祐子のときも亜希子のときも同じようにして渡した。ふたりは賢の姿を見て、暖かい血が身体中を駆け巡るのを感じた。それから4人は愛子の東京での生活に必要になりそうなものを買う為に、西洋バスケットという、寝具や衣類から日常雑貨までありとあらゆる物を取り揃えているデパートに向かった。愛子は花模様のパジャマを選んだ。枕は賢がピンクのカバーがしてある低反発素材のものに決めた。そのほか茶碗、箸、湯のみなどを購入した。レジの清算が済むと、賢は祐子と亜希子に愛子を連れて衣類を買いに行くように頼んだ。ふたりは快く引き受けた。夕方アパートで逢うことを約束して3人と別れた賢は、急いで渋谷駅に向かうと内回りの山手線に飛び乗った。賢は先ほどの3人の男の内の一人が、以前祐子と目黒の原研究会に行った時に、門から出て行った2人の男の内の一人だということに気付いたのだ。「理由も確かめずに逃げるべきではなかった」と思った。目黒の研究会支部のある勾島の家のベルを鳴らすと、前回と同様勾島の女房が応答した。
「少々お待ちください。内観さんですね。今主人に代わります」
「内観さん、よくいらしてくださいました。もしかしたら、来て頂けるかもしれないと思っていたところです。玄関は開いていますので、事務所までいらしてください」
賢は勾島が自分を待っていたようなので、もしやと思った。玄関の引き戸を引いても誰も出て来なかった。賢は「失礼します」とだけ言って中に上がり、廊下を通り抜けて研究会の事務所のある部屋に入って行った。部屋に入ると、例の3人の男性が勾島とともにソファに座っていた。賢は、やはりそうかと思った。勾島が言った。
「内観さん、よくいらしてくださいました。実はここにいる3人は研究会の正会員で笹塚君、矢室川君、源内君と云います」
3人の男性は起立して、それぞれ自己紹介をした。いずれもまだ正会員になったばかりの者たちだった。彼らが正会員になって間もないころ、所長が失踪したとのことだった。賢は言った。
「どうして、わたくしを尾行したのですか?」
勾島が間に入って言った。
「実はわたくしが、この方たちに、貴方をここにお連れするようにお願いしたのです。本当はわたくし自身が出向けば早かったのですが、所長が失踪して以来、わたくしの周りには常に警察の陰がちらついているので、多分あなたにご迷惑をお掛けすることになるかもしれないと思いまして、この方たちにお願いした次第です」
3人の中の最も小柄な矢室川が勾島の話を引き継いで言った。
「今日は、内観さんを追跡(つけ)たりして大変失礼しました。僕たちは正会員になって間もないころ、内観さんが最近起きている失踪事件の解明に大きく関わっていることを知りました。それで、一度お会いして是非お話を伺いたいと思っていたのですが、そんな折、支部長の勾島さんに呼ばれて、内観さんが一人でいるときに声を掛けてこちらにお連れするように頼まれました。僕たちは胸躍る思いで出掛けました。勾島さんから聞いていた2階建てのアパートの近くで、内観さんが出て来られるのを待っていたのですが、大勢の方々とご一緒でしたので、まずいと思い、ずっと後を追跡させていただきました。内観さんが女の子を一人連れて中学校に行った後、渋谷でさらにふたりの女性と会われてファミレスに入られたので、「今日は無理かもしれない」と、少し絶望的になっていましたが、急にお一人でファミレスから出て行かれたので、必死に後を追いました。でも、内観さんの足の速いのなんのって、驚いてしまいました。渋谷で何とか同じ電車に乗ったのですが、そのまま見失ってしまいました。渋谷のホームで話し掛けるべきだったと3人で悔やんでいました」
「僕はレストランであなた方がわれわれを観察しているのを知り、わざと一人になったんです。渋谷では、一旦山手線に乗りましたが、あなた方を播く為に発車直前に飛び降りたんです」
「大変申し訳ありませんでした。あんな形で追跡するつもりはなかったんですが、結果としてそうなってしまいました」
「もう、そのことは過ぎたことですから。それより、わたくしに何か急な用でもおありでしょうか?」
賢は勾島の方を向いて言った。勾島が神妙な体でゆっくり話し始めた。
「所長のことなんです。どうやら、東京に来ているようなんです。いつも何人かの男たちに、いや正確に言いますと、女性も一人いるようですが、その者たちと一緒に行動しているようなのです」
「どうして、所長が東京にいるということが分かったんですか?」

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