写像1091〜1110

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「どうやら、所長は何人かの人間の監視下に置かれているようなのです。羽田空港の保安会社から連絡があったんです。トイレの落書きについてです。それも何か、金属のようなもので、木の扉に引っ掻いて書き込んであったというのです。わたくしの家の電話番号とM4F1THAIと書き込まれていたようなのです。わたくしは保安会社の問い合わせに、知らぬ存ぜぬを通しましたが、これは所長からのメッセージではないかと思ったのです。M4というのは男4人、F1が女一人でTHAIは5人がタイ人だということじゃないかと考えたんです」
「そうですか。それで、わたくしに何か心当たりがないかということでしょうか?」
「はい。それと、内観さんが一連の失踪事件の解決に関与されていると知りましたので、所長や原さんの最近の情報をご存じじゃないかと思いまして。一刻も早く助け出さないと、所長の命が危ないような気がするのです」
賢は鹿児島空港で3人の男と一緒にいる所長らしき人を見掛けたことと、その少し前に到着していた飛行機がタイから成田を経由しての便だったことを説明した。勾島はそれであの落書きの意味の裏付けが取れたと言った。それを警察に報告すると言った。勾島は原のことについては、それ以上聞かなかったので、賢も口にしなかった。その話を聞いていた一番背の高い、精悍な顔をした源内が言った。
「先ほど、矢室川もお願いしましたが、失踪者の帰還について、お話しいただける範囲で結構ですから、是非教えていただきたいのですが」
賢は警察やテレビ局に説明した通りの話をした。3人はもっと詳しい話を聞きたいようだったが、また今度会った時に話すと言って支部を後にした。3人の男性がいなければ勾島にもう少し詳細を話せたのにと一瞬思ったが、あるいは説明しなくてよかったのかもしれないと思い直した。賢がアパートに帰ると、既に女性たちは戻って賢の帰りを待っていた。亜希子が入り口を開けてくれた。中に入ると愛子が先ほど買った黒いバレエの練習着に着替えていて、祐子の前でくるくる回ったり、足を上げたりしていた。その動きは、とても愛らしかった。部屋の奥まで入ると賢は声を掛けた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
祐子と愛子が同時に賢の方を振り向いた。練習着は体にフィットしていて、体の線がはっきり分かる。賢は愛子が意外と痩せているのに驚いた。よく見ると首筋から胸にかけては肋骨が浮き出ている。最近のオリンピック体操競技でよく見掛ける若年の選手に似ていた。
「愛子、なかなか似合うよ。体操の選手みたいだな」
「いやね、賢パパ。これはバレエの練習着なのよ」
「いよいよ明後日から新しい学校だな。支度は出来ているか?」
「はい、賢パパ。大丈夫よ」
原智明が戻って来たのは6時過ぎだった。アパートの契約を済ませていた。それは以前賢が借りていた2階建てアパートの1階の部屋だった。契約時に必要な住民票も、何の疑念も持たれずに事務的に処理されたとのことだった。原は暫くの間そこで過ごすつもりだと言った。それは賢にとっても都合がよかった。いつでも原の様子を知ることができたし、連絡を取り合うことも容易だったからだ。原は明朝引っ越しをするつもりだと言った。引っ越しと言っても手荷物一つである。賢は原の生活に必要な品物を揃えるのを手伝う約束をした。
「原さん、わたしたちもお手伝い致します。ねえ、亜希子さん」
夕食の支度を済ませてテーブル席に着きながら祐子が言った。亜希子も快く引き受けた。愛子はまだ練習着を身に付けたままだった。体を慣らすのだと言った。練習着の上に体育用のトレーニングウエアを身に着けている。食事が済んでも、バレエの練習着は脱がなかった。祐子と亜希子が帰宅すると、この日は先ず原が、続いて賢がシャワーを浴びた。愛子は寝る前に入浴したいと言った。原がシャワーを浴びて戻って来ると、賢が直にシャワールームに行った。原は、荷物の整理をしながらソファに腰掛けてじっと骨壷を見つめている愛子に、静かに語り掛けた。
「愛子さん、バレエが好きなんですね。僕もダンスに興味があるんですよ。もっとも僕が興味を持っているのはスーフィーのワーリング(旋回舞踏)というダンスですけどね」
ボーっと骨壷を眺めていた愛子は、サックに衣類を押し込んでいる原の方にゆっくり視線を移して言った。
「スーフィーって何ですか?」
「イスラム教の神秘主義教団のことだよ。教団と言ってもグループみたいなものだけど、そこで踊られる舞踏が素晴らしいんだ。神に近づく為に旋回舞踏を1時間以上も続けるんだよ。でも、イスラム教の国ではあまり歓迎されていないようだけどね」
「ふーん。イスラム教ってアッラーの神を崇拝する宗教でしょう。ジハードなんかちょっと怖いわ。あの人たち、なぜ自分を殺してまで人を殺そうとするのかしら?それに、礼拝の時間に大勢の人が広場で平伏しているのを見ると、なんか違和感を覚えちゃうわ」
「うん、そうだね。だけど、イスラム教のコーランの教えでは自分を犠牲にして人を殺すなんてことは許していないんだよ。あれは敵を憎む心が作り出した自分勝手な救済思想だと思うんだな。実際のところは、指導者達が確固とした自意識も持っていない若者を洗脳し、彼等を遣って、敵の攻撃の為にジハードを強要しているのが実態なんだよ。スーフィーはそんなイスラム教の中でも原理主義と云われて、愛や意識の高揚を詩やダンスという形で表現して、神との一体化を目指しているんだよ。僕は日本にいるダルヴィッシュという修行者の集まりに参加した経験があるんだけど、その時、彼らが踊っていたダンスが、何だか宇宙のリズムのように思えて、とても心に残ったんだよ。それから、スーフィーのワーリングが好きになっちゃって、時々それを真似て自分でも踊ったりしていたんだ」
「原さん、あのー、もしできたら、そのスーフィーのワーリング、踊って見せてくださいませんか?」
「うん・・・普段はあまり人前では踊らないんだけど、愛子さんしか居ないから一寸踊ってみるよ。暫く踊ってないからうまく踊れるかどうか・・・」
そう言いながら、原は立ち上がりソファの前の広い空間に立った。直ぐには踊り出さなかった。暫く瞑想をしているように眼を瞑っていたが、やがて両手を広げ、右掌を上に挙げ、左掌を下に向けて、くるくると回り始めた。その回転に連れて「ンーン」という独特な低音のハミングをしている。原のダンスを見ていた愛子は、原が全く静止しているように見えてきた。まるでロクロのようだ。シャワーを浴びて出て来た賢は居間の中央で原が旋回舞踏を踊っているのを目にして、その場に立ち尽した。バスルームの前から居間に移動すると、原の周りに出来ている静けさを壊すような気がしたのである。回転で体が揺れることはなく、まるで頭の先から一本の回転軸が通っているのではないかと錯覚するほど、その回転は静かで安定していた。原は10分ほど回転していたが、やがて静かに手を下ろし、ゆっくり回転を止めるとその場に崩れるように座り、愛子の方に向いて平伏し、少しその状態を保ってから、ゆっくりと体を起こして立ち上がった。愛子は思わず拍手をした。賢も拍手をした。
「原さん、素晴らしかったです。とっても静かで、見ているとなんか心が静まるような気がしました」
愛子が言うと、居間に入って来ながら賢が言った。
「本当に素晴らしい。僕はスーフィーのダンスを初めて観ました」
「いいえ、こんなのはまだ初心者のダンスです。もっといろいろなダンスがあるんです。僕にはこのワーリングくらいしかできませんけど・・・・本当は我々の生きている動きはすべて一つのダンスなんです」
「原さん、わたしの尊敬している森川洋子さんも同じようなことを言っていました。生活の中での一つ一つの動きがすべてバレエの動きなんだって。今度わたしにもスーフィーのダンスを教えてくださいますか?」
愛子が言った。原は頷いた。それから3人は今後の計画について話し合った。明日は日曜日である。3人は月曜日からそれぞれ全く新しい生活を始めることになる。明日は引っ越しが終わったら原は買い物をし、賢は愛子の通学の為の準備をすることにした。話し合いが終わると、賢は9時のニュースを聞く為にテレビのスイッチを入れた。ニュースキャスターは新たな行政の失敗の話をしていた。今度は最近完成した全国のコミュニケーションビジョンという双方向立体放送の設備に欠陥が見つかったということだった。通商産業省の管轄である立ち会い検収で従来の平面ビジョンとの互換性に問題があることを見逃していたと説明していた。その結果、流用できるはずだった現在の設備の一部がこのままでは使用できず、双方向立体放送の開始は2〜3年延期されるようだった。そのニュースが終わると次のニュースは新発見に関するものだった。キャスターの説明に賢と原はその場に釘付けになった。それは宇宙の果ての無限遠点がミクロの極限素粒子のその先に見える無限小点を反映していることが発見されたというニュースだった。それは映像的な発見ではなく、複素関数を用いた空間シミュレーションによる発見だとの説明があった。今後、宇宙望遠鏡の開発、設置に大きな影響を与える可能性があると解説者が説明していた。まだ、その事実の重大さに気付いていないようだった。賢が言った。
「やはり、そうだったんだ」
「はい、人類はやっと次の段階に移る下地が出来てきたようです」
愛子はふたりが何を言っているのか分からなかったが、質問しようとも思わなかった。
「賢パパ、わたし、シャワーを浴びてもいいかな?」
「いいとも。もし、風呂の方がよけりゃ、湯船にお湯を張って入ったらいいよ」
愛子はその言葉を待っていたかのように言った。
「わたし、お風呂に入りたい。賢パパ、お風呂の使い方教えて」
賢は愛子の後を追ってバスルームに入り、給湯から入浴までの操作方法を教えて戻って来た。テレビはスポーツニュースに変わっていて、原はもうテレビを見ていなかった。賢はテレビのスイッチを切った。原は「お先に休みます」と言うと、寝室に入りドアを閉めた。賢は楠木の携帯に電話を掛けた。通信できないとのメッセージが返ってきた。田辺の携帯には直に繋がった。
「もしもし、田辺です」
「内観ですが」
「内観さん、どちらにいらしたのですか?ずっと連絡が取れなくて困っていました。月曜日はどのようにしたらいいのか相談したくて連絡をお待ちしていました」
「申し訳ありませんでした。漸く時間が取れるようになりました。明日の午後、打ち合わせできますか?」
「はい。勿論です」
「それでは、前回打ち合わせしたスナックで午後1時にお会いしましょう。それから、楠木さんと連絡が取れないんですが」
「彼は今、カナダに行っています。明日戻ることになっていますから、わたくしから連絡を取ってみます。・・・ところで、どうされたのですか?」
「赤坂であなた方に会った翌日、急な出来事が起こって、西の方に行っていたんです」
「とおっしゃいますと、あの失踪事件の関係ですか?」
「うん、和歌山とか鹿児島とかね。やっと落ち着いたので戻って来たんです」
「そうですか。それでは、明日1時にお待ちしております」
「ありがとう。よろしく頼みます」
賢が電話を切ると、横に愛子が立っていた。体と頭にタオルを巻き付けている。
「賢パパ、今の電話は誰?」
「今度、新しい会社で一緒に仕事をする人さ。明日打ち合わせることになった」
「ふうん・・・・あのね、お風呂、とっても気持がよかった・・・賢パパ、わたしね、暗くなると寂しくて。それに凄く怖くなってきて・・・今日もわたしを抱っこして寝てくれる?」
「いいよ、愛子が一人で寝られるようになるまではな」
「もう15歳にもなって、本当は恥ずかしいの。でも、賢パパに抱かれていると安心なの。赤ちゃんみたいでしょ。賢パパはお母さんと一緒よ」
愛子がバスルームのところに戻り、パジャマに着替えて戻って来ると、ふたりは床を延べてから遺骨の前の床の上で瞑目し、昨日と同じようにその床にふたりで潜り込んだ。愛子はすぐに賢の腕の中に体を潜らせて来て、胸に顔をうずめて囁くように言った。
「賢パパ、ありがとう。わたし寂しくなんかない。いつまでも一緒にいてね。絶対よ」
賢は愛子の涙が流れて、自分の腕に浸み込んできたのに気付いた。
「約束するよ・・・安心してお休み」
「おやすみなさい」
翌朝賢が目を覚ますと、昨日と同じように愛子が食事の支度をしていた。賢が床から起き上がると、愛子が「おはようございます」と言った。すでに遺骨の前には水が供えられていた。賢は遺骨に向かって両手を合わせ瞑目してから床を上げ、身支度を済ませた。昨日と同じようなタイミングで原が「おはようございます」と言いながら寝室の扉を開けて出て来た。
「さあ、今日から、ひとりの生活だ。内観さん、お世話になりました。今日は引っ越しが済んだら所長を探しに出掛けて来ようと思います」
「原さん、本当は僕も同行させていただきたいのですが、今朝、寝具のレンタル会社が来るので、その対応が済んだら行きます。それと、午後は今度のプロジェクトのメンバーと会うことになっているので、祐子か亜希子に一緒に行ってもらうように頼んでみましょう」
「それは助かります」
愛子は朝食の支度に没頭していたが、やっと準備が出来たと見え、大きな声で言った。
「お食事の用意ができました」
ふたりが食卓の席に着くと、チャイムが鳴った。愛子が応対した。祐子だった。一人だった。亜希子は琴の発表会の準備で来られないとのことだった。
「おはようございます。朝食はまだね。よかったわ。わたしも一緒にいただけるかしら?」
そう言いながら、祐子は手に提げていた布袋から小さな重箱に入ったお新香を取り出して愛子に渡してから、コートを脱いでクローゼットの中に掛けた。祐子は真っ赤なセーターにベージュのパンツを履いている。
「はい、今日はちゃんと準備しました」
愛子がそう言ったので、祐子も骨壷の前で手を合わせてから食卓の席に着いた。皆、祐子が席に着くと途端に部屋中が明るくなったような感覚を覚えた。食卓にはわかめの味噌汁にアジの干物と金山時味噌、野菜サラダが用意されていた。愛子が漬物を皿に盛って来て席に着くと、全員で合掌して食事を始めた。
「美味しい。愛子さん、お味噌汁とっても美味しいわ」
「ありがとうございます」
男たちも「美味しい」と言った。原が味噌汁を置きながら言った。
「やはり、家庭はいいですね。僕は内観さんと違って絶対結婚したいですね」
「そうだね。僕も家庭の大切さはよく分かるよ」
祐子が賢の方を見て言った。
「そうよ、あなた、やっと分かったの?わたしはいつでも大丈夫よ。ふふふ」
愛子は祐子の言葉に、頭が熱くなってくるのを感じた。
「祐子!・・・」
諭すような賢の口調に祐子はちょっと俯き加減に言った。
「う、・・うん。ちょっと言ってみただけよ」
食事が済んで30分ほどして、賢を残して3人は原の新しいアパートに移動することにした。部屋は以前賢が住んでいた2階の部屋と同じ造りだった。賢は男が一人でこの部屋に住むときに最低限必要なものを知っていた。出掛ける前に原にそれを説明した。原達はその話をしながら新しい部屋まで来た。冷蔵庫は数馬から貰うことになっていた。原はこのアパートの部屋が結構気に入っていた。部屋の窓からは景色を期待することはできなかったが、近くに大きな車道も無く、車の駐車場も無い為比較的閑静な住まいであることが、原にとっては一番の幸いだった。祐子は青山の家から雑巾やナイロン製のハタキを袋に詰めて持って来ていた。愛子も雑巾を持ってアパートを出て来た。ふたりは部屋に入るとすぐ窓を開け、雑巾掛けを始めた。一通りの清掃が済むと、原は愛子に一緒に買い物に行こうと誘った。愛子は一瞬躊躇したが、賢の言葉に従うことにした。賢が愛子に自分の必要なものを買って来るように1万円札を1枚渡していた。愛子は原と一緒に近くの24時間営業のホームスーパーに行くことにした。原は賢がここに来る前に説明した「必要最小限の雑貨」を買って来ると言って出掛けた。部屋の中には祐子だけが残った。祐子は雑巾掛けを続けた。20分ほどして賢が入って来た。祐子はエプロンを外し、手を洗ってから、ドアを閉めて靴をぬいで上がって来た賢にいきなり抱き付いた。
「あなた、わたし寂しい。あなたが遠くに行ってしまって・・・・・」
賢は、祐子を強く抱きしめ、口づけをした。祐子は激しくそれに応えた。ふたりは立ったまま激しく抱擁し合った。祐子の膝が折れ、ふたりは冷たい床の上に倒れ込んだ。1月の寒気が部屋に吹き込んでくる。求め合う激しさにふたりはひと時寒さを忘れた。
「あなた、愛しているわ。わたし、あなたが居なくなってから、体がおかしいの、きっと心が乱れている所為よ」
・・・・・・・・・・・・
ふたりは急いで身繕いを正して、情を交わした気配を感じられないか辺りを見回した。
「今日、鴬谷で田辺さんに会うんだ。一緒に来ないか?プロジェクトの件で話をするんだ」
「だめよ。今、わたしが附いてゆくのは貴方の為にならないわ。この間も言ったように、わたしは、プロジェクトのメンバーにさえ入れてもらえれば自分であなたに近付いて行く」
賢は祐子を強く抱き締めて、口づけをした。・・・・・ふたりは久し振りに情を交わしたことで心に安らぎを覚えた。祐子は再び雑巾掛けを始めた。床を拭きながら鼻歌でテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」を歌い始めた。賢は祐子が充足しているときの状態を知っていた。今がまさにそれだった。このまま、祐子と結婚してしまいたいという思いが激しく湧き上がって来たが、それを振り払った。1時間ほどして原と愛子が、ふたりとも両手に大きな袋を提げて戻って来た。
田辺は鴬谷のスナックの奥のテーブル席に入口から横顔が判る位置に座っていた。賢がスナックに入って行くと、田辺は立ち上がって頭を下げた。
「やあ、待たせたみたいですね」
「いいえ、わたくしもたった今来たばかりです」
「いよいよ明日から新しいプロジェクトが開始される訳ですね」
「はい。わたくし、どうしたらよいのか見当も付きません」
「先ずは、ステアリングメンバーとの顔合わせからになるんじゃないかな」
「はい。でも空手で迎え撃ってもいいんでしょうか?」
「僕は、かまわないと思いますよ。まだ、何も明らかになってないのですから」
「内観さん、わたくし企画案を2つ作ってみました。持って来ているんですが、ご覧になっていただけますか?」
「それはご苦労様でした。でも、ずいぶん早いですね」
「はい。でも、唯の思い付きですから、あまり推敲できてないんです」
そう言いながら、田辺は横の座席に置いてあったベージュの鞄から厚さ10mmほどの1冊のファイルを取り出し賢に渡した。賢はそれを受け取るとすぐに開いてみた。そこにはプレゼンテーション用ソフトで作成された、カラーのきれいな提案書が綴じ込んであった。ページを繰ってゆくにつれ、その概要がはっきりして来た。
「田辺さん、あなたはどうしてこのようなインフラを準備したらいいと考えたんですか?」
「はい、日本の人々の考え方を変える為にはどうしたらいいのか、どういう条件で人々の意識が変わるのかという観点から、案を考えてみました。その一つが、今ご覧になっているものです。それは、マスメディアだと思ったのです。ですから、まず教育用のテレビ、ラジオの放送局を立ち上げるというのが1番目の案です。専門家を集めて、いろいろな洗脳的な番組を作成して放送するんです。2番目はずっと後ろの方にある、そうです。そのページの案です。日本国中の人にメールと郵便のDMを送り付ける為のインフラを作るという案です」

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